受賞した喜びや小説を書く楽しみについて話す小川真我さん=東京の新宿御苑

受賞した喜びや小説を書く楽しみについて話す小川真我さん=東京の新宿御苑

 「第5回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞」の受賞者に作品に込めた思いを聞いた。

 受賞作「火取虫(ひとりむし)」は、主人公の秋男が恋人夏女(なつめ)の故郷を訪れ、彼女の思い出をたどる物語。小川真我(しんが)さんは実際に徳島出身の彼女と交際していて、徳島を訪ねた旅行が素材になっている。秋男は夏女との心理的な隔たりを感じたり、夏女の思いに近づこうとしたり努める。その中で幾つもの幻想シーンが登場する。

 小川さんは「幻想幻覚の描写が好き。言語表現の自由が広がり、人物の内面が色濃く表れるから。火取虫の中の幻想は自分の体験と関わる幻想ではなく、作った幻想。たくさん盛り込めてうれしかった」。

 審査員の評価は絶賛といえた。「言葉による映像喚起力が群を抜いていた」「言葉に力が、文章に勢いとうねりがあった」「言葉のセンスがずばぬけていた」などだ。

 物語の筋書きを追って読むと、何度か立ち止まるが、言葉の力なのか、現実とかけ離れた作者独自の幻想の世界に引き込まれる。

 幻想の素材探しはいつも苦労する。「これは使えそうだ」という場面では必ずメモを取る。時や場所とは無関係に突然、思いつくことも。黒い色の湯の温泉に入っている時だった。腕をある深さまで沈めると、腕が消えてしまうように見えたのが印象深く、火取虫の最後のシーンで生かした。

 派遣社員として働く職場でも、よく思いつく。コピー機が大量の印刷をする音を聞いたり、仕切り壁の向こうでおじさんが世間話をしていたりするとひらめき、休憩時間に慌ててスマホにメモを取る。

 恐れと不安、異常な心理状態からくる幻想にも興味を抱く。夢の中で苦手なゴキブリに襲われて叫んで目覚めた体験もある。高所に立つと、落下するシーンを想像してしまう。

 小説の読者や映画などの鑑賞者として、引かれるのは曖昧な表現。「作者の考えが別の形に昇華されているのが美しい。受け手が考えたり感じたりする余地がある」。火取虫についても「曖昧な部分を曖昧なまま楽しんでほしい」。

 上智大卒業後、一般企業への就職は念頭になかった。手仕事に憧れ、洋菓子店でパティシエを目指したが「思ったよりも、ずっとうまくいかずに辞めた」。

 仕事と小説の執筆を続ける毎日だ。仕事でわりに体力を消耗してしまうため、発想が湧いて書けそうな時に疲れて書けないことがあると、もどかしい。

 時折、世間から派遣の仕事を低く見られていると感じる。「正式に就職しないの」「他に夢があるの」と聞かれると、心配する人の気持ちはありがたいが「少し煩わしい」と苦笑する。

 そんな中、小説を書いたり散歩をしたりする時間が安らぎだ。最近、新宿御苑によく行く。植物の写真を撮り、名前を調べるのが楽しいという。たまに植物の絵も描くそうだ。

 知らない人に自分の小説を読んでもらって評価されたのは初めてだった。「書くのは孤独な行為。書いている姿を知ってもらえてうれしかった。言葉を磨いて書き続けたい」と笑顔を見せた。

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