徳島に来たのは、ゲストハウスの運営を勉強するため。現在、徳島市内のゲストハウスで働きながら、開業に向けて準備を重ねている。

徳島に来たのは、ゲストハウスの運営を勉強するため。現在、徳島市内のゲストハウスで働きながら、開業に向けて準備を重ねている。

【フレスコボール】
うずしおフレスコボールクラブ 代表
杉村秀樹さん(24・大阪府出身)

 ブラジルはリオデジャネイロ発祥のビーチスポーツ、フレスコボール。ラケットを持ち、向かい合った2人でボールを落とさないようラリーを続けるのだという。初耳だ…。「僕も、初めて聞いたときはどんなスポーツなのか想像もつきませんでした」と笑う杉村さん。徳島が拠点の「うずしおフレスコボールクラブ」を立ち上げ、スポーツの普及に奔走する彼だが、小学1年から大学2年までは野球とソフトボールに熱中していた。

 フレスコボールとの出会いは大学2年の冬。ソフトボール部を休部したことをきっかけに、さまざまなマイナースポーツに目を向けた。「SNSで初めてフレスコボールを見たときは『なんでビーチでしてる?』『なんで打ち合う相手が敵じゃない?』と不思議だらけで。調べていくうちに、自分もやってみたいと思うようになりました」。Twitterでプレーを発信していた選手に「体験させてください!」とメッセージで直談判。2019年3月、東京を訪れて初めてラケットを握った。自分がどこにボールを打っても、ペアの相手が打ち返してくれる。野球やソフトにはない感覚に新鮮さを覚えた。競技を始める決め手となったのは、その選手の一言。「当時の競技人口は50人ほどだったので『1年頑張ると日本代表になれるよ』と。それを聞いて、目指したい!と思ったんです」。

 その後、大学がある関西のチームに加入。毎週末のように大阪のビーチへ通ってラリー練習を重ねた。「メジャースポーツは、ある程度メソッドが確立されていたりコーチがいたりすることがほとんどだと思うんです。一方で、マイナースポーツはまだ完成形がないので、チーム全員で試行錯誤して、みんなで上手くなる方法を探す。今までやってきたメジャースポーツとのギャップが面白かったですね」。競技を始めて3カ月経ったころ、神奈川県のビーチで行われた公式戦に初出場。初戦ながら男子の部で13位に入賞したことや、トップ選手のプレーを目の当たりにしたことが、いっそう本気で打ち込むきっかけとなった。

 大会で気がついたのは、同世代のプレイヤーがほとんどいないということ。シーズンオフと同時に、友人を集めて体験会を開きはじめた。活動は徐々に拡大。普及用に買ったラケット20本を担いで全国を周り、1年間で40回、100人以上にフレスコボールの魅力を伝えた。

 しかし、普及活動が軌道に乗りはじめたころ、コロナ禍に突入。チームの練習や体験会は次々と中止に追い込まれた。さらに、大学の教育実習が延期になったことで日本代表の選出条件を満たせなかった。タイミングに恵まれず、悶々とした気持ちで終えかけていたシーズン。しかし、最後に日本フレスコボール協会(JFBA)から「新人賞 普及部門」が贈られた。「地道な普及活動をずっと見てくれていた。2年間を認めてもらえたんやな、頑張ってきてよかったな、と思いました」。

 「自分の武器はフレスコ。どこに行っても教室や体験会ができる」。大学卒業後は福岡市に移住し、アルバイトをしながら、週2回コツコツと体験会を開いた。0から始めたコミュニティは、半年足らずで50人規模に成長。その実績が評価され、今年1月にJFBAからローカルコミュニケーションマネージャーに任命された。その後、沖縄での生活を経て、7月下旬から徳島へ。8月に「うずしおフレスコボールクラブ」を設立した。「淡路島や四国のチームとも連携しながら、徳島にもフレスコボールを広めたい。四国と関西を繋ぐ場所にあるので、西日本全体の交流の拠点になれば」と展望を話す杉村さん。「最終目標は、フレスコボールをオリンピック競技にして、日本代表として結果を残すこと。そのために、日本、アジア、世界…と段階的に普及していきたいです」。来年、47都道府県100カ所を周る旅を計画中だ。

>>体験会の参加者募集!
10月までは月に1~2回開催予定。詳細はインスタグラムで確認を。