神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が負傷した事件から2年がたった。

 この間、社会は事件としっかり向き合っただろうか。

 犠牲者数が戦後最悪と言われる殺人事件である。現場となった施設は、建て替えに向けた解体工事が今年5月に始まった。

 だが、事件の全容を解明するための公判は、まだ始まっていない。

 殺人や殺人未遂など六つの罪で起訴されている元施設職員の植松聖被告(28)に対し、2度目の精神鑑定が行われているためである。8月に終了し、初公判は来年になる見通しだ。

 「障害者なんて要らない」。事件当時に被告が見せた身勝手で差別的な言動は、社会や当事者に衝撃を与えた。

 最近、拘置先で複数回接見した共同通信などの記者には「私が殺したのは人ではない」と、事件を正当化する主張を繰り返している。一貫して、事件を起こしたことを反省するそぶりはない。

 再発防止を図るためにも、被告の動機がどう形成されたのかを追究する必要がある。公判では責任能力の有無が大きな争点になりそうだが、曖昧な部分を残さず、真相に迫ってもらいたい。

 被害者家族は今も深い悲しみの淵にいる。

 事件後、被害者家族の多くは差別や偏見を恐れ、氏名公表を拒み、口を閉ざした。

 被告の言動に賛同する声や障害者の生を否定する言葉は、相変わらずインターネットを中心に散見される。被害者家族を苦しめ続ける一因であり、憂慮すべき状況だ。

 障害者に限らず、社会的弱者を攻撃するような風潮が広がっていないか。

 自民党の杉田水脈衆院議員が月刊誌「新潮45」への寄稿で、子どもをつくらない性的少数者(LGBT)カップルを「生産性がない」と突き上げ、批判を浴びた。事件の被害者家族を苦しめる言葉と通底する部分があるのでは、と危惧する。

 旧優生保護法の下で障害者に強制不妊手術が繰り返された問題にも、つながる話だ。

 同法は知的障害や精神疾患を理由に、本人の同意がなくても不妊手術を認めた。強制不妊のような過去の過ちを繰り返してはならない。

 心ない差別や偏見を解消しようという活動が、各地で相次いでいる。障害者を支援する団体などが呼び掛け、共生社会の在り方を考えている。有意義な取り組みと言え、もっと広がってほしい。

 心配なのは、事件が語られなくなることである。相模原市で先日行われた追悼式では前年より参加人数が減り、県知事が風化に懸念を示した。

 ある障害者団体の代表が語った「世の中の人は皆、早く忘れたいんです。心の奥のどこかに優生思想があるから」との厳しい指摘を、重く受け止めるべきだろう。