徳島市の阿波踊りの開幕まで2週間。夜のとばりが下りた街のあちらこちらでぞめきのリズムが鳴り響き、踊り子たちが練習に汗を流している。若者や親子、外国人、移住者―。年に1度の大舞台へと繰り出す多彩な顔触れの「踊る阿呆(あほう)」を紹介する。

 

毎回高松から練習に通う春日さん(右)と園子さん=徳島市の川内南小学校

 

 早まる鉦(かね)、太鼓のリズムに合わせ、跳ねるように踊る。新のんき連の春日理恵さん(38)=高松市、会社員=は、男踊りのサブリーダーを務める中心的存在だ。

 入連11年目。高松市の会社で仕事を終えると、マイカーを約1時間運転して徳島市内の練習場へ。週4回程度の練習だけでなく、阿波おどり会館(同市)での公演や、結婚式の余興といった連の活動もほとんど休まない。「阿波踊りがうまくなりたい」。その一心で踊り続けている。

 15年前、企業連の一員として初めて踊りの魅力に触れた。週3回、踊りの基本を学び、個別練習にも取り組んだ。初舞台は無我夢中で「あっという間だった。気付いたら終わっていた」。約2年間打ち込んだが、結婚を機に退社し、踊る機会を失っていた。

 退社後も毎夏、徳島市の阿波踊り見物は欠かさなかった。踊り子の笑顔を見るたびに「もう一度踊りたい」との思いが強くなり、2008年、当時4歳だった長女園子さん(14)=中学2年=と一緒に新のんき連に入った。

 「子どもと同じ経験をして親子の仲を深めたかった」と振り返る春日さん。初めは週末の練習しか参加していなかったが、次第に平日にも顔を出すようになった。

 移動だけで往復2時間以上かかるため、2人は「仕事や勉強などで疲れた時は、練習に行きたくないこともある」と話す。そんな時、互いに励まし合い、気持ちを奮い立たせて練習に臨んでいる。

 春日さんは男踊り、園子さんは女踊り。パートはそれぞれ異なるが、練習中に互いの踊りを遠目に見て、自宅で踊り方や表情についてアドバイスを送り合っている。

 2人で踊り始めて10年が過ぎた。「ずっと一緒に続けたい」。絆はより強まり、阿波踊りはなくてはならない存在になっている。演舞場にはじける母と娘の笑顔が、今夏も観客をとりこにする。