「京都在住の徳島出身者は少なくない。これまでの伝統を大事にしながら、県人同士の交流の輪をさらに大きくしたい」。2014年に設立50周年を迎えた京都徳島県人会の会長として約100人の会員をまとめる。
 
 旧海南町に生まれ、徳島工業高校(現徳島科学技術高校)で建築を学んだ後、祖父の弟が創業した建築会社・藤木工務店(大阪市)へ。設計から工程管理、営業までさまざまな業務に携わった。
 
 県人会には、京都の建築現場で偶然出会った県人に「阿波弁が気付かれ」誘われて入会。総会をはじめ、京都市で1月に開かれている都道府県対抗女子駅伝の徳島県チームを応援したり、鴨川沿いで開かれる夏のイベント・鴨川納涼で県産品を販売したりと多彩に活動している。「2001年には『四国は一つ』と京都にある四国4県の県人会で連絡協議会が設立され、花見などで交流した。今後はゴルフやカラオケといった同好会活動も取り入れながら、会の魅力を高めたい」
 
 高齢化で会員数が減少する中、ここ最近は10人が新たに加入した。「青年部を中心にホームページなどで情報発信し、積極的に勧誘したのが功を奏した。大学生の会費を下げるなど参加しやすい雰囲気を作り、若手が常に3割ほどいる形を目標に、会を運営したい」と話す。
 
 会社を退職した現在は自宅で建築相談に乗ったり、地元の児童館の指導員として学校帰りの児童の面倒をみたりする毎日だ。古里の海陽町に帰ることは少なくなったが、関西で今年設立が予定されている海陽町ふるさと会の準備に関わる。小学生時代に海部川で泳いだ懐かしい記憶を振り返りながら「同郷の人と話をすると離れた地でいても安心する。会設立で古里支援のお手伝いもできれば」。
 
 ふじき・つとむ 海陽町出身。徳島工業高校(現・徳島科学技術高校)卒。1967年に藤木工務店(大阪市)に入り、京都支店営業部長などを経て、同社執行役員・京都支店長で退職。京都徳島県人会には青年部時代から活動し副会長、事務局長を経て、2013年4月から会長。京都市西京区在住。66歳。