「脇町に書店ができるらしい」。噂を耳にし、教えてもらった住所を目指して車を走らせる。高台の住宅街を抜けた先、田んぼ道の突き当たりに佇む一軒の古民家。にわかには信じがたいが、どうやらここが書店になるらしい。
手掛けるのは内田未来さん(40・神奈川県出身)。大学時代にアカウンティング(企業会計)を学ぶためアメリカに留学し、そのまま27歳まで現地で勤務。帰国後は外資やベンチャーなどさまざまなタイプの企業で勤め、会計分野を中心に経験を積んだ。
本やインターネットを通してさまざまな情報を目にするうちに、首都圏で働きながらも都市と地方の分断に違和感を抱きはじめた2018年。自身の目で現状を確かめようと、農産漁村の仕事を網羅的に学ぶ「地球のしごと大學」の講座を受講。フィールドワークで全国各地を訪れ、地方でなりわいをつくる人々との出会いを得た。ちょうど会計としての今後のキャリアを考えていた頃。「これまでの経験を活かして、地方の事業者をサポートしたい」と2020年に独立を果たした。
生まれ育った神奈川と、講座などで縁ができた岩手と島根の3拠点を往来。会計をベースに労務や財務、企画などを手広く請け負い、各地の事業者に伴走する日々の中で、次第に「自分も何かやってみたい」という想いが芽生えてきた。そんな時に、現在「まるとしかく」になっている場所でゲストハウスを開こうとしていた友人が、さまざまな事情で自身の代わりを探していることを知り、初めて徳島を訪れた。築100年を越える家屋の趣、広々とした庭と畑、高台から見える山の景色…すべてに一目惚れし、事業を引き継ぐことを即決した。
2021年8月に美馬市へ移住。当初はゲストハウスという形を引き継ぐつもりで「せっかく宿をするなら特色があった方がいい。本が好きなので、本にまつわる宿にしよう」と考えていた。「その頃は、宿泊者が自由に本を読めるような小さな空間をイメージしていました。だけれど、それよりももう少し活発な人流があればいいな、と思い、書店と宿の形を考え直しました。あとは近くに書店が少ないことも相まって、『自分が行きたい書店』をメインにした場づくりに舵を切りました」。
こうして始まった書店づくりは、プロセスもなかなかにユニーク。ここから約2kmの場所にある脇町高校の生徒とともに創り上げているのだ。「前職のつながりで高校との縁ができて、学生さんの前で計画を話してみたら『やってみたい !』という学生さんがたくさん集まってくれて。探究部の活動の一環として手伝ってくれることになったんです」。「書店に必要なものは?」という議論に始まり、本棚やベンチのDIY、本の分類…書店づくりのさまざまな工程に携わる。「高校生がここに通ってくれていることで、オープン前ながら人の流れが生まれて、近所の方が『何をやっているんだろう?』と興味を持ってくれるきっかけができました。内装や家具といった物理的なものだけじゃなくて、まちの書店の雰囲気みたいなものも、少しずつ作ってくれています」。
書店は2023年1月21日(土)にオープン予定。人文哲学系、小説やエッセイ、絵本、児童書など約700冊、新書と古書の両方が並ぶ。内田さんの内面がにじむ選書だけでも魅力的だが、提案したいのはさらにその先、丁寧な読書体験だという。「これだけ広い敷地があるので、買った本をいろんなところで読めるようにしたいと考えています。一冊の本って、著者はもちろん、編集者やデザイナー、校正者、装丁家、印刷所の方々など、たくさんの人の丁寧な仕事があって作られている。読む空間をデザインすることで、丁寧に作られた本をより丁寧に読めて、同じ本でもふだんとは違った情報を得られたり、違った気持ちを感じられたりするんじゃないかな、と。そういう意味では、併設のゲストハウスも本とゆったり向き合う手段の一つだと思っています」。
最後に、屋号の「まるとしかく」の由来を尋ねた。「誰かの智慧が詰まっている“四角”い本。そこからインプットしたことを、自分の中で消化したうえで“丸”くアウトプットして、また学ぶ。その循環を感じてほしい、という想いを込めました」。内田さんが紡ぎだす新しい読書体験。体感できる日を楽しみにしたい。
まるとしかく
徳島県美馬市脇町猪尻庄100
070-4216-7665
書店/11:00~18:00
ゲストハウス/チェックイン15:00、チェックアウト10:00
書店は月曜、火曜休、ゲストハウスは金曜、土日のみ営業
駐車場:あり
多機能トイレ:なし
Wi-Fi:あり
キッズスペース:あり
開店:2023年1月21日(書店)