1968(昭和43)年に徳島市内の幼稚園で行われた餅つきの様子。手拍子に合わせ、きねを振り下ろす園児の姿を捉えている。背景の木造の園舎、かっぽう着姿の女性たちに時代を感じる。
餅つきは手間のかかる作業。幼稚園児にとっては楽しいイベントというだけでなく、共同作業の大切さを知る場でもあった。つきたての餅を口にすることで食べ物のありがたさも学べた。
年末の行事のイメージが強いが、年末に行う餅つきは神様に供える鏡餅を作るのが主目的で、雑煮で食べる餅は新年になってつくのが基本だったようだ。
稲作文化の浸透した日本では、稲は生命力の源として神聖視された。餅つきの起源には諸説あるが、平安期には既に行われていたとされる。祭りや年中行事など「ハレ」の日に食べる特別なものとして、その伝統が現在まで続いている。
正月が終わって行われる鏡開きは、その年の円満と末広がりを願う行事。刃物は使わず、手や木づちで割って食べる決まりだ。