「野球のまち」をうたう阿南市のキーマンだ。西日本生涯還暦野球大会、東京六大学野球オールスターゲームなど、市内で開催される数々の大会の全てに事務方として携わる。現在は11月7日から同市桑野町のJAアグリあなんスタジアムで開かれる第1回県500歳野球大会(阿南市、那賀、美波両町、徳島新聞社主催)の成功に向けて奔走している。

 1971年に市職員となり、福祉部門一筋に歩いてきた。転機が訪れたのは2005年だった。岩浅嘉仁市長と共に全日本生涯野球大会(長野県上田市)を視察した。全国各地から約200チーム、4千人が参加する大きなイベント。一つのスポーツがまちに活気を与えていた。盛況ぶりを目の当たりにして「町おこしの可能性を感じた」と言う。

 07年、市やJA、民間企業などで発足した「野球のまち阿南推進協議会」の事務局長に就任。10年に新設された野球のまち推進課の初代課長となった。13年に退職した後は嘱託の「推進監」として活動する。

 北信越地域の高校野球チームの合宿誘致などを次々と企画し、14年度は市内の宿泊施設に延べ約3300泊の経済効果を生み出した。今は、大きな経済効果があるとされる社会人野球の誘致に向け、策を練っている最中だ。「落ち着く暇はないですよ」と笑う。

 「ご多分に漏れず野球少年だった」小学生時代は級友と白球を追い掛けた。地元の草野球チームで約40年前から監督を務めるなど、野球への熱い思いは今も変わらない。阿南市宝田町で長男(35)と2人暮らし。63歳。