電子機器の制御や業務システムの構築など、コンピューターに関わる仕事を幅広く手掛けている。「時代に合わせて業態を変えてきた結果、今がある。これからどう変わっていくのか楽しみだ」

 神戸市に生まれ、太平洋戦争中、親の実家がある美馬市脇町へ疎開した。大学進学で京都に移り、半世紀前に「営業だったらできるだろう」と電子計算機を扱う外資系企業に入った。

 レジスターを売り歩くことから始まったが、コンピューターの進化に伴って商材も変わっていった。知人の勧めで約20年間勤めた会社を辞め、50歳のときに独立。「50歳でサラリーマンとして雇ってくれるところはないし、自分でやったらいいかなと思い立った」と振り返る。

 パソコン類の販売に加え、システム開発を進める企業にエンジニアを派遣する人材派遣業のような仕事も始めた。自社の在り方を模索し、情報化社会の進展に対応するうちに、ソフトウエア開発関連の業務が増えていった。携帯電話が円滑に動く制御システム構築や、飲食店が置く食券販売機の管理運営などでも成果を出した。

 「IT業界は人材の使い捨てが激しいと思われがちだけど、そう言われないような会社にしていかなければ。年齢を重ねても働き続けられるよう、自社製品開発を強化したい」と意気込む。「開発ならどこでもできる。徳島に事務所を開くことも検討したいですね」とも。

 「帰る古里があるのは素晴らしいこと」。多忙な仕事の合間に、古里の光景が頭に浮かぶ。頻繁に帰省し、愛着が強いだけに、徳島の話題が大阪にあまり伝わってこないことが残念だという。「情報発信を積極的にして、多くの人を魅了するような徳島になってほしい」。(大阪支社・平田潤)

 なかた・まさゆき 江原中、脇町高、同志社大経済学部卒。日本ナショナル金銭登録機(現・日本NCR)での営業職や国産パソコン代理店、ソフトハウス営業を経て1992年、大阪市でログインを設立した。従業員は約30人。大阪府高槻市在住、73歳。