瀬戸内寂聴「わかれ」

 徳島市出身の作家瀬戸内寂聴さんが、短編集「わかれ」を刊行した。収録されたのは、10年余りかけて書き継いだ9編。90歳を過ぎてなお、書かずにいられない衝動に突き動かされているという寂聴さんが、新著や執筆中の長編への思いを語った。

 「死んだ人を思い出すと、その人の声が聞こえてくる。こちらから呼び掛けているだけじゃなくて、時には呼び掛けられていることもあるかもしれませんね」

 瀬戸内寂聴さんの短編集「わかれ」に登場するのは、親しかった作家や親族、あるいは明治期の革命家の管野須賀子ら、かつて自身が伝記小説に書いた者たち。作家は生者とも死者とも分け隔てなく対話する。「私にとって、生きている人も死んでいる人も同じ。小説に書いた人たちも、付き合ったという感じがします」

 「紹興」では、テレビ番組で中国を訪れることになった「私」が、その地で処刑された女性革命家の秋瑾と、彼女を小説化した武田泰淳に思いをはせる。「良い人でしたね。作品からもいくらか影響を受けています」としみじみ振り返る。

 新聞配達の男性と山中に独居する女性の交感を描く「山姥(やまんば)」は、自身が一番気に入っている作品。高齢の女性画家と壮年のカメラマンとのプラトニックな恋愛がなまめかしい表題作では、「セックスを伴わないからこそ純粋になれる」男女の弾む会話が印象的だ。10年以上かけて書き継がれた多彩な9編がそろった。

 昨年発見されたがんを克服し、今春から京都市の寂庵での法話を再開。足早に歩き回る姿を見ると、「病気が治った直後はほとんど歩けなかった」という言葉がにわかには信じられない。

 「がんはニキビみたいなもので、時期が来れば誰にでもできるものだと思っていたから、告知された時もちっともびっくりしなかった」。高齢だとリスクが大きいとされる手術時の全身麻酔も「いい気持ちで、癖になりそうでした」と笑う。

 新たに書き下ろし長編にも取り組み始めた。タイトルは「いのち」だ。

 「まだ原稿用紙25枚ぐらいしか書けていないけど、頭の中ではずっと書いています。見たり読んだりしたものが全部入ってきて、(物語が)膨らんでくる…。あらゆるものは『いのち』でしょ。大変な題をつけてしまいましたね」。

 (「わかれ」は新潮社・1512円)