スウェーデンに留学中の堀正人さん

スウェーデンに留学中の堀正人さん

ロシアに侵攻されたキーウの街中(堀さん提供)

ロシアに侵攻されたキーウの街中(堀さん提供)

ロシアに侵攻されたキーウの街中(堀さん提供)

ロシアに侵攻されたキーウの街中(堀さん提供)

腕に書かれた整理番号と支給されたパン

腕に書かれた整理番号と支給されたパン

 僕は徳島大学総合科学部の3年生で、昨年8月からスウェーデンのルンド大学に留学しています。徳島大学に入学した頃から交換留学で来ているルンド大学の人たちと交流していたこともあり、スウェーデンの政治や文化について話を聞く機会がよくありました。その頃からスウェーデンに関心を持ち始め、ルンド大学に留学することを決めました。今回は留学して間もない、昨夏の出来事について書こうと思います。

 8月17日。スウェーデンの夏は日本とは違って空気がカラッとしていて快適だ。しかし、この日は9月から始まる新学期の準備やスウェーデン語の授業の復習やらで大忙しで、気付けばシャツが汗でびしょぬれになっていた。

 彼女と出会ったのは午後のことだった。僕は大学の図書館で授業のレジュメを印刷していて、彼女は僕の次にコピー機を利用しようとしていた。僕が印刷を終えて資料の整理をしていると、彼女が首をかしげている。気になってどうしたのかと尋ねると、印刷の仕方が分からないという。彼女はPDFを印刷したかったらしいが、そのためにはUSBメモリーが必要だった。USBメモリーを持ち合わせていたので、彼女の代わりにPDFをコピーした。印刷物を手渡すと、お礼にお茶をごちそうさせてほしいと言ってくれた。見返りを求める気持ちはなかったが、厚意に甘えることにした。

 8月19日。彼女も僕と同じスウェーデン語の授業を取っていたので、授業終わりに大学近くのカフェでコーヒーを飲むことにした。海外留学でできた初めての友達。初対面ではないとはいえ、どのように話を切り出すかが分からなかった。それを察したのか彼女が「日本のアニメはすごいよね、ジブリとか知っているよ」と話し始めてくれた。彼女の優しさに感謝するとともに、日本のアニメの偉大さを改めて感じた。緊張が解けた僕は彼女自身について聞いてみた。彼女がどこから来たのか、そこはどのような所なのか。

 分かったのは、彼女はウクライナの首都キーウ出身で、犬が大好きだということ。キーウには緑豊かな自然が広がっていて、自宅の愛犬と近くをよく散歩していたそうだ。

 昨年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻で今、キーウの平和は奪われている。大学で国際政治学を専攻していることもあり、ウクライナ侵攻については学んでいた。拙い英語力を頼りに侵攻の現状について話を聞いた。彼女は、自身が実際に撮った写真を見せながら語ってくれた。

 「見て、この写真。もともとここは地元の人が働いていた場所だった。でも今は、ロシア軍の拠点。こんな感じでロシア軍は私たちの土地や場所を奪っていく。そのくせ地元の人々には3日に1回フランスパンをあげるだけ。この数字は私の友達が実際にパンをもらうために並んだ時の整理番号。たくさんの人がこんな生活を強いられている。それだけじゃない。何もしていないたくさんの子どもたちも死んでしまった。許せない」。すべての言葉にずっしりとした重みがあった。

 それまでの僕は侵攻について理解していたつもりだった。けれど、世界で実際に起きているものとは思えていなかったのだと思う。むしろ特撮映画を見ている感覚に近かった。しかし、今僕と同い年で同じことを学んでいる友達の国で実際に起きている―。そう考えた時、自分と戦争の距離がぐっと近くなったように感じた。当たり前だと思っていた日本での生活はかけがえのないもので、ともすれば明日自分や大切な人のもとに起こり得るのだ。

 ウクライナの人々に対して自分は何ができるのだろうか。彼女との会話の後、僕は考えた。そうしている間もウクライナ侵攻は続き、悲しいニュースが耳に入ってきた。僕は彼女から現在のウクライナの写真を送ってもらい、オンラインでつないだ徳島大学のゼミで紹介することにした。彼女に写真の提供を依頼した時、「私たちの現状を広めてくれるのは本当にありがたい」と言ってもらった。

 あの時、僕が図書館にいなければ彼女に出会うことはなかった。彼女と友人となった今も、時折そう思う。(随時掲載します)