藤田早苗さん

藤田早苗さん

 3月8日の国際女性デーにジェンダー平等を目指し女性の人権や性差別について考える記事を紹介する。

 国際人権の専門家で英エセックス大研究員の藤田早苗さんは、国連人権機関に日本国内の状況を情報提供しながら会議や審査の傍聴を続ける。昨年12月には「武器としての国際人権―日本の貧困・報道・差別」を出版。日本は女性差別撤廃条約や子どもの権利条約など八つの条約に批准しながら、国際基準に照らすと人権が守られていないという。ジェンダー・ステレオタイプ(性別に関する固定観念)が根強いなど、男女平等も遅れていると指摘。1月に徳島市で開かれた講演の内容を紹介する。

【人権の概念が浸透していない日本】

 人間らしく生きるためには何が必要か。移動の自由、情報を得る権利、差別されない、拷問されない権利―。これらは全て、国際人権条約に具体的に書かれている。しかしながら人権について、日本ではあまり知られていないと感じる。

 国連の説明では▽人がすることを尊重し、不当に制限しない(尊重義務)▽虐待など第三者による人権侵害から人を守る(保護義務)▽人が能力を発揮できる条件を整える(充足義務)―の三つの義務を、政府が果たす必要があるとしている。ところが日本での人権教育は、道徳教育と同一視されている。主に「優しさ」や「思いやり」の心を育てることを目的としており、政府の義務が抜け落ちてしまっている。

 「子どもの貧困 あなたにできる支援があります」と、子ども食堂などを例に挙げる政府広告を見たことがある。深刻な子どもの貧困問題を、ボランティアで子ども食堂に取り組む人々の「優しさ」に丸投げしてしまっている。「自助・共助・公助」と言った政治家がいたが、政府は「まず自分で頑張れ、それで駄目なら最後に助けてやる」とでも言いたげな姿勢だ。

 人権について「優しさ」や「思いやり」が強調されることで自己責任論が強固となり、本来の政府の責任が抜け落ちる。そこに気が付かないと、政府は批判の矛先を向けられることなく、やりたい放題になってしまう。

【国連の勧告を無視し続ける日本政府】

 国際人権条約を締結している国は国連の審査を定期的に受けなければならない。日本政府は毎回、大勢の職員を連れて人権機関に乗り込むが、勧告を真摯(しんし)に受け入れていない。審査の最後に議長から「日本は何度同じ勧告を受けても改善しようとしない。国際社会に反抗しているようだ。資源の無駄遣いではないか」とまで言われた。

 例えば、国内に独立した人権機関をつくるようずっと勧告されているが、全く進展していない。同じく勧告を受けた韓国やフィリピンは迅速に設立している。各国の国内人権機関同士はネットワークがあり、情報交換もしている。日本は、そのような国際的なネットワークから外れてしまっているのだ。

【国連はクリティカル・フレンド(批判もする友人)】

 各国に勧告を行う国連の特別報告者は、独立した専門家。給料をもらわずボランティアで世界を股に掛け、人権問題にコミットしている。そういう人たちの勧告を政府は聞かず、時には「そちらが間違っている」とまで言ってしまう。

 「プライバシーの権利に関する国連特別報告者」のジョセフ・カナタチ氏は「国連特別報告者は、すべての国にとってクリティカル・フレンド(批判もする友人)だ」と教えてくれた。大事な友人が傷つきそうなとき、放っておかない。つまり、各国が危険なことをして傷つきそうになっていたら、警告する。

 友人からの警告に耳を傾けて肥やしにしていこうとする人間と、はねつける人間。どちらの人間が成熟していて周囲と信頼関係が結べるかと言うと、答えは明らかだ。残念ながら日本はずっと、後者の態度をとり続けている。

【強固なジェンダー・ステレオタイプ】

 イギリスから帰国して病院に行くと、張ってあったポスターに男性医師と女性看護師のイラストがあった。女性医師と、男性看護師の組み合わせはあまり見ない。日本ではジェンダー・ステレオタイプが根強いのだ。日本の学校に通う留学生からも、「日本では性別役割分担意識を強く感じる」との声はよく聞く。

 イギリスでは、有害なジェンダー・ステレオタイプを表現する広告を禁止する法律がある。また、私の恩師であるエセックス大のポール・ハント教授は、アジア系の学生らと持ち寄りの食事会をした際、「男子学生に見せないと」と、率先して後片付けをしていた。アジアではまだ男性たちがどかっと座り、女性がこまごま動く慣習が根強い。ところが目上の男性が皿を洗っているので、くつろいでいた男子学生らも動き出した。

 ジェンダー・ステレオタイプが根強い社会は、「男らしさ」を強いられる男性にとっても生きづらいだろう。女性の権利に関する問題は、男性の問題でもある。法律や制度の整備も大切だが、男性たちが果たす役割は大きい。模範を示して、社会を変えていってほしいと思う。

【根強い「レイプ神話」】

 例えばスマートフォンを盗まれたとする。そのとき、「盗みたくなるようなスマホを持っている方が悪い」とは言われないだろう。しかしこれが性被害になると、「そんな時間に歩いている方が悪い」「そんな服を着ていたから」などと、被害者が責められがちだ。

 ロンドンでは17年に「最も挑発的なファッションショー」という企画があり、パーカやジャージーなど、いわゆる普段着姿のモデルが登場した。スクリーンには「露出が多かった?」「性欲をかき立てられた?」などのテロップが映し出され、レイプ被害者が事件当時に着ていた服を再現したものだと明かされる。

 性暴力は、服装に関係なく起こる。しかしながら、「露出の多い服が性暴力を誘発する」といった間違った思い込み「レイプ神話」が浸透し、被害者を深く傷つけている。

【「生理の貧困」、イギリスでは高校生が立ち上がった】

 イギリスのメディアは社会的弱者の現状をしっかり報道し、問題を顕在化させている。8年ほど前には、生理用品が買えず、生理期間中は学校に行けない生徒がいるという記事が出た。いわゆる「生理の貧困」の問題だ。これを読んで憤慨した高校生が「教育の権利の問題だ」と立ち上がった。

 彼女はキャンペーンを立ち上げて政府に圧力をかけ、首相官邸前でスピーチもした。それをメディアも大きく取り上げ、政策が変わっていった。今ではイギリスでは無料給食制度を受けている貧困層の生徒は生理用品を無償でもらえるようになり、生理用品の消費税も撤廃された。イギリスではチャリティーも盛んだが、メディアと市民が政府をしっかり監視し、義務を遂行させるのだ。

 日本はどうか。イギリスでは「ニュースを見ていたら知識が勝手に身に付く」と話す人が多い。確かに人権問題にまつわる報道量や報道の仕方を見ていると、日本と全然違うと感じる。国際人権について理解した上で、メディアがしっかり伝えていくべきだ。

【次世代のためにアクションを】

 カナダのある都市ではバスの運賃が値上げされる時、バスを利用しない富裕層も「バス代が上がると、出勤に使う人が困るだろう」とデモに参加したという。自分たちの社会が誰を大切にし、どういう方向に向いていくのが好ましいのか。それを皆が考え、アクションを起こすことが大切だと思う。

 人権は、先人たちが戦い勝ち取ってきたものだ。現代に生きるわたしたちも次世代により良い社会を残すため、一人一人が少しでも行動を起こすべきだ。国際人権にまつわる知識は、そのための「武器」になりうると思う。