NHK 100分de名著 北條民雄「いのちの初夜」
NHK・Eテレの教養番組「100分de名著」は2023年2月の放送で、北條民雄(1914~1937年)の「いのちの初夜」を取り上げた。ハンセン病と闘いながら、23歳の生涯を文学一途に燃やした作家の代表作である。
本書は同番組(全4回、各25分)のテキスト版で、番組で講師役を務めた俳優・作家の中江有里さんが執筆した。番組の内容に沿って、「せめぎ合う『生』と『死』」「『いのち』を観察する眼」「再生への旅立ち」「絶望の底にある希望」の4章で構成している。番組ではアニメによる再現ドラマも交えて、北條の苦悩や、師と仰いだ作家・川端康成との結びつきも描かれ、大きな話題を呼んだばかりだ。
著者の中江さんは2010年代の初め頃、通信制で学んでいた大学の卒業論文のテーマに、北條民雄を選んだそうだ。「本作で描かれる、生と死の狭間で揺れ動くハンセン病患者の心の叫びのごとき文章と、小説としての完成度の高さに衝撃を受けた私は、この出会いをある種の運命と受け止め、北條を卒論で取り上げることに決めました」と、本書「はじめに」で書いている。
「いのちの初夜」は、ハンセン病に罹患し、東京近郊の療養所に入院した尾田青年が主人公。尾田は、社会から隔絶した療養所で絶望に陥り、自殺も試みるが死にきれず、苦悩を深めてゆく。だが先に入院していた佐柄木との出会いにより、「生命を生ききる」という決意を固め、魂の再生を果たしていく―といった内容だ。尾田は北條自身の投影であり、舞台となった療養所は東京・東村山の全生病院(現在の国立療養所多磨全生園)をモデルにしている。
50ページほどの短編で、川端康成の尽力によって、1936年2月の文芸誌「文学界」に掲載された。文芸関係者らから絶賛され、文学界賞を受賞。さらに芥川賞の候補作にもなった。この年12月に他の短編などと合わせた作品集「いのちの初夜」が刊行され、いまなお版を重ねている。
本書には北條の略年譜も収録され、2014年に阿南市文化協会刊行の「阿南市の先覚者たち」第1集で、本名の「七條晃司」が公表されたことなどが紹介されている。また本書の扉には、尋常小学校時代の北條が、野球部の仲間と並んだ写真なども掲載されている。
地元の阿南市では、命日の12月5日に合わせ、「民雄忌」の催しが開かれており、一時は「幻の作家」とも呼ばれた北條の顕彰が進められている。何よりも、その作品に触れてほしいが、そのための貴重なガイダンスとしても活用できるのが、本書「100分de名著」である。
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NHK100分de名著 北條民雄「いのちの初夜」は91ページ、NHK出版刊。600円(税込み)。