松茂町の松浦さん一家に迎え入れられた保護猫のマチョ(推定7歳、♂)。筋骨隆々で目つきが鋭く怖そうな黒猫だが、甲高い鳴き声と甘えん坊な性格で、ギャップに心を引かれてしまう。よく見ると左前足がない。にもかかわらず、階段を上り下りしたり、テーブルからジャンプしたりとハンディを感じさせない。マチョはどんな生活をしてきたのだろうか。
保護されたのは2020年6月20日。上勝町の多頭飼育崩壊現場だった。民家の軒先に何匹ものメスと自分の子どもであろう子猫を両サイドに並べ、コロニー(集団)を仕切っていた立派なボス猫がいた。それがマチョだ。他の猫と争ったのか、有害鳥獣駆除用のわなにかかったのか、理由は不明だが左前足は手根から先がすでになくなっていた。傷口は出血と炎症を起こし、時々苦悶(くもん)の表情を浮かべていたという。それでも多くのメスを連れて集団を築き上げ、かなりの猛者だったようだ。
保護した後、肉球などがある足先を失った左前足は、高い場所から着地した際などに複雑骨折することが懸念されるため、1週間後に切断することになった。手術が終わり、あわねこ保育園(徳島市)で過ごすことに。入園後は元ボス猫の顔は見せず、他の猫と争うこともなく人にも慣れて平穏な日々を送っていた。そして2年がたった頃、運命の出会いが訪れる。
「猫を飼ってみたい。選ぶなら保護猫で」。松浦さん家族があわねこ保育園を訪れた。何十頭と対面しただろうか、毛並みがきれいな子や生まれたばかりの子猫などさまざまな猫と触れあった。松浦さんが悩んでいるところへ、後ろからぎこちなく歩きながらマチョが寄ってきた。「初めて見る人にはあまり懐かないのに」とスタッフは驚いたという。松浦さんの子どもたちもすっかり気に入ったようだが、この日は決められずに帰宅した。
松浦さんが再び園を訪れた際、マチョは帰りを待っていたかのように、膝の上に乗ってきた。「片腕が無いのは気づいていたが、懸命に生きる姿に心が打たれた」と松浦さん。園と正式に譲渡契約を結んだ。
「松浦マチョ」として始まった新生活は、先住のシバイヌといつも家の中で追いかけっこ。3本の足を巧みに使って階段を上り下りしたり、テーブルからジャンプしたりと元気よく遊んでいる。たまにけんかをするようだが、さすがは元ボス猫。重く強烈な猫パンチで撃退するそう。
体を触ると、何より驚くのは筋肉量。上体を1本で支えているためか、右前足は普通の猫の2倍くらい太い。保護時から筋骨隆々だったマチョは、左前足を切断する際に獣医師から「筋がたくさんあり、固くてメスが通りにくかった」と言われたほどで、名前も「マッチョ」が語源だ。足を失うほど過酷な環境を生き抜いてきたマチョは、争いのない今の生活を想像もしていなかっただろう。ソファやホットカーペットの上で飼い主と仲良くお昼寝するのが日常で、すっかり甘えん坊になった。
松浦さんは「毎日の生活が楽しくなって、マチョに出会えてよかった。これまで過酷な環境を生きてきた分かわいがって、私たちが足となり共に支え合っていきたい」と笑顔で話した。(富樫陸)