読書が好きな四国大の学生が、混迷の時代を生きる上で今改めて読んでほしい文豪の傑作、隠れた名作を毎月1冊紹介します。

日本文学科3年 田村眞尋さ
 
「砂の女」 安部公房著
 

 新種発見のために砂丘へ昆虫採集にでかけた主人公、仁木順平は、そこで砂に埋もれかけた集落を発見します。最終バスを逃した彼は、女が一人で住む、深い砂穴の底にある民家に宿泊しますが、それは村人の罠でした。穴から出る唯一の手段であった縄ばしごが取り外され、穴に閉じ込められてしまいます。あらゆる手段で脱走を試みますが、全て失敗。仕方なく、女と砂を運び出しながら同居生活を送ります。そのうち、二人はやがて夫婦のような関係になり、順平自身も砂を運び出す生活に慣れ、ついには貯水装置の開発にいそしむようになります。女が妊娠し、病院へ運ぶためにはしごがかけられますが、男は脱走しようとはせず、開発した貯水装置を誰かに自慢することを考えながら砂穴に残る、というのが本作のあらすじです。

 リアリティーある比喩表現と、その豊富さがこの作品の魅力の一つです。内容自体は非現実的なものであるにもかかわらず、その描写はとても写実的で、主人公の不安や葛藤、砂の不快感やどうにもならない絶望感がひしひしと伝わり、読者を安部ワールドに引き込んでいきます。

 現実世界には不条理なことがたくさんあります。例えば、コロナ禍による抑圧された生活。ウイルスに翻弄(ほんろう)された私たちと、砂穴に閉じ込められた主人公の姿はとても似ています。それをふまえた上で読むと、一層この世界がリアルに感じられるのではないでしょうか。人間の順応性、生への執着を生々しく描いたこの作品は、私たちに、自由とは何か、存在意義とは何かを考え直すきっかけを与えてくれるかもしれません。

(※「四国大生が選ぶ文学名作」は今回が最終回となります)