「四国三郎」こと吉野川は高知・愛媛県境の瓶ケ森に源流を発し、高知、徳島両県を流れて、徳島市で紀伊水道へと注ぎ込む。流路延長は194キロに達し、国内三大河川の一つに数えられる大河である。その河口から14キロほどの場所にあるのが、江戸時代に造られた「第十堰(ぜき)」だ。
本書が発行された1997年は、建設省(現・国交省)が第十堰の改築計画を進めていた時期だ。改築といっても、240年の歴史を有する石組みの堰を取り壊し、新たに1キロほど下流にコンクリート製の巨大な「可動堰」を建設するというものだった。
こうした計画に対し、水辺の環境悪化を懸念し、膨大な建設費にも疑問を抱く市民らが「吉野川シンポジウム実行委員会(姫野雅義代表世話人)」を結成。吉野川の歴史や河川工学、環境問題の専門家らを招いた講演会などで、学びを深めるとともに、吉野川や第十堰に親しむイベントなども催してきた。
そこにあったのは、一握りの政治家や官僚、学者による密室での決定ではなく、流域の市民に広く公開された場での議論を求める―つまり「自分たちのことは、自分たちで決める」というアティテュード(態度)である。
本書は、吉野川シンポ実行委が開いた勉強会などでの講演録を収録しており、哲学者の梅原猛さんら錚々(そうそう)たるメンバーが名を連ねている。
梅原さんのほか、C・W・ニコル(作家)、野田知佑(カヌーイスト、エッセイスト)、大熊孝(新潟大教授、河川工学者)、本多勝一(ジャーナリスト)、筑紫哲也(ジャーナリスト)、近藤正臣(俳優)の各氏で、いずれも環境問題や公共事業の在り方に一家言持つ論客ばかりである。筑紫さんは当時、TBS系の報道番組「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務め、番組でも巨大公共事業による環境破壊などをよく取り上げていた。まさに「綺羅(きら)、星の如く」の講演録集である。
ビジュアル面でも、センスの良さが光る。「楽園シリーズ」で知られる徳島市出身の写真家・三好和義さんをはじめ、県内在住の荒井賢治さん、西田茂雄さんらが、吉野川流域の四季折々の自然や暮らしを切り取ったカラー写真もふんだんに掲載。
例えば、緑の苔むす源流域や、大きな岩から渕に飛び込む川ガキたち、夕刻にかんどり舟でアユを追う漁師、河川敷を埋める菜の花、干潟に姿を見せたハクセンシオマネキ、河口部での幻想的なシラウオ漁などで、見ていて飽きない。これほど表情豊かな風景を見せてくれる大河が、こんなに身近にあることを県民はもっと誇ってよい。
第十堰の可動堰計画を巡っては本書刊行後、吉野川シンポ実行委の有志らが中心となった住民運動によって、1999年に県都・徳島市で住民投票条例が制定される。さらに翌2000年1月、計画の是非を問う住民投票が実施されたことで、事実上の決着を見た。
つまり投票率55%で計画「反対」が10万2759票、「賛成」は9367票にとどまり、民意は圧倒的に「可動堰NO」にあることが示された。当時の小池正勝市長は「市民の意見を尊重する」として反対を表明。その後、計画は白紙化され、2010年3月に民主党政権の前原誠司国交相が「(可動堰は)選択肢にない」と中止を明言した。
本書はそうした過程における貴重なドキュメントである。刊行から四半世紀がたち、当時のことをよく知らない世代も多くなった。そんな若い世代にも、あるいはあの頃、第十堰に関心を持ったり、民主主義の在り方を信じて一票を投じたりした人たちにも、改めて手に取ってほしい一冊である。
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「未来の川のほとりにて―吉野川メッセージ」は吉野川シンポジウム実行委員会編、山と渓谷社刊。246ページ。徳島県立図書館、徳島市立図書館などで閲覧できる。