頃は、元亀三(1572)年壬申年。上洛途上の武田信玄に徳川家康が挑み、こてんぱんにやられた三方ヶ原の戦いで、名を上げたのは徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝

 鬼神のごとき奮戦ぶりは、甲州勢からもたたえられた。徳川などにはもったいない、兜のぜいたくな装飾と本多は|。「徳川に過ぎたるものは二つあり唐の頭に本多平八」

 その本多の刀が徳島に来ている。徳島城博物館で開催中の「新たな国民のたから 文化庁購入文化財展」(26日まで)のお宝の一つ。なかなかに優美な姿で、「本多中務(忠勝)所持」と金象眼の銘がある。ちなみに国宝

 銅鐸に能面、振り袖に茶器、びょうぶに絵巻物、武具。「国民のたから」と掲げるだけに、並ぶ品々は重要文化財である。秀吉の書状に「ほー」といい、歌人西行の旅に「へー」と感心し、料紙箱の蒔絵にため息をつく。眺めているだけで十分に楽しい

 ぜひに、とお勧めしたいところではあるけれど、きょうは台風。予報では、20号が記録的な大雨をもたらしそうだ。災害列島を生き抜くための教訓を、いま一度思い起こそう。明るいうちに、早めの避難を

 生涯、57回の戦いに臨んで、本多は一度も手傷を負わなかったという。進退の間合いを心得ていたのだろう。繰り返しになるが、くれぐれも早めの避難、それに尽きる。