木々に囲まれてひっそりと鳥居と石の神像が立つ三頭峠。かつては徳島と香川を結ぶ主要道だった=美馬市美馬町

 車のドアを開けると、いきなり無数のヤブ蚊に出迎えられた。思わず閉口したものの、湿度の高い夏山では付きものだ。ねっとりとした空気に包まれながら徳島県美馬市と香川県まんのう町の境にある三頭峠(800メートル)を訪ねた。

三頭神社

 国道438号から農免道路を進み、道路脇に立つ木製の道しるべからは歩いていく。木の枝や葉っぱが散らばる中、歩み続けると旧峠道に出る。さらに進むと木々に囲まれたくぼ地に行き着く。ここが三頭峠であり、三頭越(ごえ)とも呼ばれる。

 徳島県側には鳥居が立ち、「金比羅大権現」の額がかかり、アメノウズメと猿田彦の2体の神像が置かれている。香川県側の額には「三頭大権現」と記され、古くから阿波と讃岐を結ぶ交通の要衝として多くの人が行き来した。昭和30年代までは、田を耕すために徳島県から香川県に出稼ぎに行く「借耕牛(かりこうし)」も通り、生活に欠かせない道だった。

 1997年には、直下を貫通する国道438号の三頭トンネル(2648メートル)が完成した。一般道では県内最長で両県の往来は一気に短縮された。三頭峠を通る人はもちろん知る人も少なくなったが、後世に伝えたい峠の一つである。