大学受験を経験したなら知らない人はいない。大学ごとに過去の入試問題を収録した赤本。創刊は1954年。60年以上のロングセラーは出版業界の神話となっている。

 赤本は参考書や専門書を手掛ける世界思想社教学社(京都市)の看板商品。「入社して40年。そのうち30年関わってきた」と、赤本とともに歩んだ会社人生を振り返る。

 「ブランド力だけでここまで来られたわけではない」。神話は水面下での努力と工夫によって生まれた。

 1982年に大手予備校が過去問の出版に参入し、厳しい競争にさらされた時期があった。解説を詳しくしたり大学案内を丁寧に記したり、質を高めることで盛り返し、圧倒的シェアを維持している。

 大学入試で利用が増えている英検の赤本や、受験生向けの食事メニューを紹介した「赤本合格レシピ」などラインアップを広げ、少子化の中でも赤本全体の売り上げは落ちていない。

 2014年に創業家以外で初の社長に就いた。活字離れから出版業界を取り巻く環境は厳しさを増すが、「役に立つ、魅力ある内容の本を作れば読者はつく」との信念を改めて胸に刻む。

 大の本好きで阿南市の書店でよく立ち読みをした思い出がある。大学は文学部を志望したが、高校2年の冬に父が急死したこともあり、周りから「就職しやすい」と勧められ、法学部に進んだ。

 「銀行や商社を目指す学生が多かったが、自分には合わない気がして。本作りに携わることができ、小さいけど存在感がある会社と思ってここに決めた」。生涯の伴侶と出会うこともでき、その選択は正解だった。

 「何か趣味を」と10年ほど前に短歌を始め、15年に歌集「二つの檸檬」を自社から出版した。比叡山を見渡す社長室で、ときに名歌が浮かぶ。 

 うえはら・としあき 阿南市生まれ。富岡西高、同志社大法学部卒。1978年に世界思想社教学社に入社し編集部に配属。取締役総務部長、同副社長などを経て2014年から現職。京都市下京区在住。62歳。