騒々しい人物が多い中、泰然としている。どうかすれば、あさっての方向へ漂流しそうな磯野家をしっかりつなぎ止める、いかりのような役回り。「サザエさん」の記憶をたどると、フネのそんな姿が浮かぶ

 平屋とはいえ庭付きの自宅が、東京は世田谷区にある。土地が高騰したバブル期には、さぞかし心が騒いだに違いない。浮かれた世情を泳ぎ切っての磯野家、平成の御代(みよ)である

 どんな過去があっての、あの性格なのか。古書店で求めた姉妹社版67巻に糸口があった。デパートでばったり知人に会ったフネ、「婦長どのでありましたか」と突然、敬礼をする。戦争中は従軍看護婦をしていたのだという

 実は、波平にいらぬ口出しをされないための、うそなのだが、単行本が出版されたのは1970年代半ば。終戦からまだ30年。いくらでも戦争経験者がいた。従軍はうそだとしても、フネも間違いなく経験者の一人だった。もっとも波平も、激戦の続いた南方の生き残りである

 アニメ「サザエさん」で、46年にわたってフネ役を務めた、声優の麻生美代子さんが亡くなった。「アルプスの少女ハイジ」の執事ロッテンマイヤーの粛然とした声も、麻生さんのものだ

 92歳。戦争を知る世代。フネに波平、苦しかった日々を経験した者の気持ちを、十分に含んでの語り口だったのだろう。