物語は、私が書いたものであっても、読んだ瞬間から、読んだ人の物語になっていく。読んだ人一人一人の物語になって生き続ける―。国際アンデルセン賞を受けた作家、角野栄子さんのスピーチだ

 83歳、「5歳で母を亡くした私は、あの過酷な戦争の中で、物語にとてもとても慰められた」。物語との出合いは、お父さん。「桃太郎」などの童話を語り聞かせてくれた

 代表作の一つに「魔女の宅急便」がある。13歳の魔女キキが、黒猫ジジとほうきに乗り、見知らぬ町の空を飛ぶ。50歳を前に世に放った物語は、子どもだけでなく、読む人の心を大空にいざなう

 戦争と少女と物語。不自由さの中で静かに培われた想像力が年齢を重ねた後に「書く力」を生み出した。戦時下の「過酷」が、逆に少女の感性を鍛えたのかもしれない

 ある児童文学者が頭に浮かぶ。同じ83歳、皇后さまだ。「美智子」の名は作家として、まどみちおの詩の英訳者として、世界に知られる。「父が東京から持ってきてくれる本は、どんなに嬉しかったか、冊数が少ないので、惜しみ惜しみ読みました」

 児童文学の国際大会に寄せたメッセージの一節だ。空襲を逃れ、疎開先を転々とした。この講演を収めた本の名は「橋をかける」という。少女と物語との出合いは、見知らぬ世界に架けた1本の橋なのだろう。