俳優の故高倉健さんの著作に絵本がある、といえば意外に思われるだろうか。題名を「南極のペンギン」(集英社)という
世界を歩いた経験からつかんだ大切なものを、子どもたちに伝えようと記したそうだ。「奄美の画家と少女」は、その中の一編。鹿児島県奄美大島の国立療養所「奄美和光園」を訪れた画家と、そこで暮らすハンセン病の少女の物語である
古里から引き離された少女は、寂しくなると写真の母にそっと触れ、話しかけた。いつもいつもなものだから、1枚きりの写真は傷んでしまった。「母さんの顔がよく分からなくなっちゃった」と少女。画家が提案した。「写真を貸してくれない? ぼくが描いてあげる」
少女はうつむいた。「お礼ができない」。すると、「君が元気になること。それが一番のお礼だよ」。1週間も過ぎたころ、再び画家が来た。絵を手に少女は息をのんだ。「こんなきれいな母さん、見たことがない」。やがて涙が頬を伝った
画家を田中一村という。画壇を離れ、ひたすら自らの美を追求した。亜熱帯の植物や鳥を題材にした日本画で知られる。生前は無名のまま、貧しさのうちに亡くなった
<自分の命をけずって、絵の具にとかしたような絵だ>とは高倉さんの評。生誕110年。滋賀県の佐川美術館で17日まで、企画展が開かれている。