徳島最後の侍たち
 幕末の動揺冷めやらぬ1870(明治3)年、徳島藩の阿波と淡路で起きた「庚午事変」。家老稲田家の侍が起こした分藩独立運動を封じようと、徳島藩本藩の侍が襲撃した悲劇的な流血事件で「稲田騒動」とも呼ばれる。最後は双方の関係者が、切腹や北海道移住、島への流刑の罰を背負うという結末を迎えた。あれから150年。史実が忘れさられつつある今、改めて庚午事変に関わった侍の子孫や近世史の研究者、郷土史家に話を聞いた。ゆかりの地を訪ね、事件の教訓について考えたい。
取材を終えて 理性欠く行動浮き彫り
事件の評価 転換期 互いに犠牲者か
流刑と移住と禁錮謹慎 減刑後、県内外で活躍
10人の切腹 茂韶の懇願で名誉保つ
蜂須賀家と稲田家 特殊な主従別格の存在
身分の差と分藩 稲田家家臣冷遇に不満
淡路襲撃 屋敷や学問所焼き払う
猪尻襲撃未遂 血気にはやる藩士暴発
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